特集 — 事実で追う ・ 人権
ハンセン病 強制隔離政策と国の責任
約90年続いた強制隔離。国の責任は司法で確定し、謝罪と補償が行われた
ハンセン病(かつて「らい」と呼ばれた感染症)の患者に対し、日本は約90年にわたって法律に基づく強制隔離政策をとりました。感染力が弱く、治療法が確立した後も隔離は続きました。
2001年、熊本地裁は「らい予防法」を違憲とし、国の隔離政策の違法性を認定しました。国は控訴せず、謝罪と補償を行いました。2019年には患者本人だけでなく家族への被害も司法が認め、家族補償法が成立しました。
国の責任は司法で確定し補償も行われましたが、長年の隔離が生んだ差別・偏見の解消と、高齢化が進む療養所入所者の名誉回復は、現在も続く課題です。
現在:らい予防法は1996年に廃止され、2001年・2019年の熊本地裁判決で国の責任が確定した。国は謝罪と補償を行ったが、療養所入所者の高齢化が進み、差別・偏見の解消と名誉回復は現在も課題として続いている。
時系列
- 1907
「癩予防ニ関スル件」制定 — 隔離政策が始まる
患者を療養所に収容する隔離政策の法的な始まりとなった。以後、隔離の対象と範囲が段階的に拡大していく。
- 1931
癩予防法(旧法)— 全ての患者を隔離対象に
隔離の対象がすべての患者に拡大された。地域から患者をなくす運動も各地で行われた。
- 1953
らい予防法(新法)制定 — 強制隔離を継続
治療薬が普及しつつある中でも、強制隔離を柱とする新法が制定された。患者らはハンガーストライキなどで強く反対したが、大きな修正はなされなかった。
- 1960s
医学的に隔離の必要がないことが明らかに
感染力が弱く、有効な治療法があることが明らかになっていた。後の判決は「遅くとも1960年以降の隔離継続は違法」と認定することになる。
- 1996
らい予防法が廃止される
「らい予防法の廃止に関する法律」により、約90年続いた強制隔離政策の法的根拠が廃止された。
- 1998
入所者13人が国を提訴(熊本地裁)
国立療養所の入所者13人が、隔離政策で受けた被害の賠償を求めて熊本地裁に提訴した(らい予防法違憲国家賠償訴訟)。原告はその後増えていった。
- 2001年5月
熊本地裁判決 — らい予防法は違憲、国の責任を認定
熊本地裁は、らい予防法を違憲と判断し、国の隔離政策の違法性と国会の立法不作為を認めて賠償を命じた。
- 2001年5月
国が控訴を断念 — 首相談話で謝罪・補償法が成立
政府は控訴しないことを決め、内閣総理大臣談話で謝罪した。同年、療養所入所者らへの補償を定めるハンセン病補償法が成立した。
- 2008
ハンセン病問題基本法が成立
名誉回復と福祉の増進を国の責務と定めるハンセン病問題基本法が成立した(翌2009年施行)。
- 2019年6月
家族訴訟の熊本地裁判決 — 家族への被害も認定
熊本地裁は、患者本人だけでなくその家族も隔離政策により平穏に生活する権利を侵害されたとして、国の責任を認め、原告541人への賠償を命じた。
- 2019年7月
政府が控訴せず — 首相談話・家族補償法が成立
政府は家族訴訟でも控訴しないことを表明し、内閣総理大臣が談話を出した。訴訟への参加の有無を問わず家族を対象とする補償を行うため、ハンセン病家族補償法が成立した。
- 現在
高齢化する入所者 — 名誉回復と偏見解消が続く課題
療養所入所者の高齢化が進んでいる。国立ハンセン病資料館などで、歴史の継承と差別・偏見の解消に向けた取り組みが続けられている。
関連する法律・制度
ハンセン病問題基本法(2008年成立・2009年施行)
ハンセン病問題の解決の促進を目的とし、名誉回復や福祉の増進を国の責務と定める。条文は e-Gov で確認できる。
e-Gov 法令検索