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特集 — 事実で追う ・ 外交・領土

竹島をめぐる情勢 — 編入・李承晩ライン・実効支配70年

1954年から韓国の警備隊が常駐。日本のICJ付託提案は3回、いずれも韓国が拒否

竹島(島根県隠岐の島町。韓国名・独島)は、1954年以降、韓国が警備隊員を常駐させ施設を設置して実効支配を続けています。日本政府はこれを「国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠」と位置づけ、毎年抗議しています(外務省)。一方、韓国政府は「独島は歴史的・地理的・国際法的に韓国固有の領土であり、領土紛争はそもそも存在しない」と主張しています(韓国外交部)。

日本は1954年・1962年・2012年の3回、国際司法裁判所(ICJ)への付託を韓国に提案しましたが、いずれも韓国が拒否しています。ICJは紛争当事国双方の同意がなければ審理できません。

本特集は領有権の是非を論じません。両政府の公表資料と公文書に基づき、経緯の事実だけを時系列で整理します。主張はすべて「誰の主張か」を明示します。

現在:韓国が警備隊常駐・接岸施設等の設置により実効支配を継続している。日本政府は外交ルートでの抗議を続け、外交青書・防衛白書に日本固有の領土である旨を毎年明記。島根県は2月22日を「竹島の日」と定めている。

時系列

  1. 現在年

    警備隊常駐・施設運用が続く — 抗議と主張の平行線

    韓国は警備隊の常駐と施設の運用を続け、政治家の上陸や周辺での軍事訓練も行われている。日本政府はそのつど外交ルートで抗議し、外交青書・防衛白書に日本固有の領土である旨を毎年明記している。両政府の立場は平行線のまま、実効支配の状態が70年以上続いている。

  2. 1905年1月

    日本政府が竹島の島根県編入を閣議決定

    日本政府は1905年1月の閣議決定で竹島を島根県に編入し、領有意思を再確認した——というのが日本政府の説明である(外務省)。韓国側は、この編入は日露戦争中に行われた一方的なもので無効だと主張している(韓国外交部)。

  3. 1946年1月

    GHQが行政権の対象から竹島を分離(SCAPIN-677)

    連合国軍総司令部の覚書SCAPIN-677により、竹島は日本の行政権行使の対象から一時的に除かれた。同覚書には「領土帰属の最終的決定ではない」との規定があると日本政府は説明している(外務省)。韓国側はこれを領土分離の根拠の一つとして挙げる。

  4. 1951年8月

    ラスク書簡 — 米国が韓国の要求を拒否

    サンフランシスコ平和条約の起草過程で、韓国は日本が放棄する地域に竹島(独島)を含めるよう米国に求めたが、米国務次官補ディーン・ラスク名の書簡は「独島は朝鮮の一部として扱われたことが一度もない」としてこれを拒否した(外務省が公表する外交文書)。韓国側はこの書簡の効力を認めていない。

  5. 1951年9月

    サンフランシスコ平和条約 署名

    条約第2条(a)で日本が放棄する地域は「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」と規定され、竹島は含まれなかった——というのが日本政府の解釈である(外務省)。韓国側は条約の解釈を争っている。

  6. 1952年1月

    韓国が「李承晩ライン」を設定

    韓国の李承晩大統領は海洋主権宣言により公海上に境界線(いわゆる李承晩ライン)を一方的に設定し、竹島をその内側に取り込んだ。日本政府は国際法違反として抗議した。以後1965年の日韓漁業協定までの間に、外務省の資料によると日本漁船328隻が拿捕され、船員3,929人が抑留、44人が死傷した。

  7. 1954年

    韓国が警備隊を常駐させる — 実効支配の開始

    韓国は1954年から竹島に警備隊員を常駐させ、宿舎や監視所、灯台、接岸施設などを設置した。日本政府はこれを「不法占拠」と位置づけ抗議を続けている(外務省)。韓国政府は自国領土の正当な管轄権の行使だと主張している(韓国外交部)。

  8. 1954年9月

    日本がICJ付託を提案(1回目)— 韓国拒否

    日本は竹島の領有権問題を国際司法裁判所に付託することを韓国に提案したが、韓国は拒否した。ICJでの審理には紛争当事国双方の同意が必要で、韓国の同意がない限り審理は始まらない。

  9. 1962年3月

    日本がICJ付託を提案(2回目)— 韓国拒否

    日韓会談の中で日本は再びICJ付託を提案したが、韓国は応じなかった(外務省)。

  10. 1965年6月

    日韓基本条約・漁業協定 — 李承晩ラインは廃止、竹島問題は残る

    日韓国交正常化に伴い漁業協定が結ばれ、李承晩ラインは事実上廃止された。一方、竹島の領有権問題は解決されないまま残った。交換公文の「紛争解決」の適用範囲をめぐる両国の解釈も一致していない。

  11. 2005年3月

    島根県が「竹島の日」条例を制定

    島根県議会は、1905年の編入告示から100年にあたり2月22日を「竹島の日」とする条例を制定した。以後、毎年式典が開かれている。韓国側は強く反発した。

  12. 2012年8月

    李明博大統領が竹島に上陸 — 現職大統領で初

    韓国の李明博大統領が現職の大統領として初めて竹島に上陸した。日本政府は抗議し、駐韓大使を一時帰国させた。同月、日本は3回目のICJ付託提案(共同付託)を行ったが、韓国は拒否した。

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この特集について
本特集は、外務省・内閣官房・島根県の公表資料と韓国外交部の公表する主張をもとに、編集部が経緯の事実を時系列で整理したものです(AIによる下書きを含む)。領有権の是非は論じません。日本政府の立場は外務省見解として、韓国政府の立場は韓国外交部の主張として、帰属を明示して記載しています。「実効支配」は警備隊常駐・施設運用という状態の記述であり、その適法性の判断ではありません。拿捕漁船数などの数値は外務省の公表資料に準拠しています。事実の誤り・訂正のご指摘は、サイトのお問い合わせフォームからお願いします。最終更新:2026-07-24