特集 — 事実で追う ・ 医療
薬害 — 国の責任と再発防止の誓い
サリドマイド・スモン・薬害エイズ・薬害肝炎。繰り返された薬害と、国の謝罪・補償
医薬品の副作用による健康被害「薬害」は、日本で繰り返し起きてきました。1960年代のサリドマイド、1970年代のスモン、1980年代の薬害エイズ、2000年代の薬害肝炎などが知られています。
薬害エイズ(非加熱血液製剤によるHIV感染)は1996年に、薬害肝炎(フィブリノゲン製剤等によるC型肝炎感染)は2008年に、いずれも国が責任を認めて和解・謝罪し、補償の枠組みが作られました。
厚生労働省の前には、二度と薬害を起こさない決意を刻んだ「誓いの碑」が建てられています。被害者の高齢化が進むなか、救済と再発防止の取り組みが続いています。
現在:薬害エイズは1996年、薬害肝炎は2008年に国が責任を認めて和解・謝罪し、補償が行われた。厚労省前の「誓いの碑」と毎年8月24日の薬害根絶デーで再発防止が誓われているが、被害者の高齢化が進み、救済と再発防止は現在も続く課題である。
時系列
- 1960s
サリドマイド事件
睡眠薬・胃腸薬として使われたサリドマイドにより、胎児に重い障害が生じた。日本では1962年に販売停止・回収が行われた。後の「誓いの碑」に刻まれる薬害の一つ。
- 1970s
スモン(キノホルムによる神経障害)
整腸剤などに使われたキノホルムにより、多くの人に神経障害(スモン)が生じた。国と製薬会社を相手とする訴訟が起こされ、和解が進んだ。
- 1980s
非加熱血液製剤によるHIV感染(薬害エイズ)
1980年代前半、輸入された非加熱の血液製剤にHIVが混入し、血友病の患者らが感染した。危険性が指摘されながら製剤が使われ続けたことが後に問題となった。
- 1989
薬害エイズ 大阪・東京で提訴
被害者らが、国(当時の厚生省)と製薬5社を相手に、大阪地裁(5月)と東京地裁(10月)で損害賠償を求めて提訴した。
- 1996年3月
薬害エイズ 和解成立 — 国と企業が責任を認め謝罪
被告の製薬5社が和解案を受け入れ、3月に東京・大阪で和解が成立した。国と企業の責任が明確にされ、謝罪が行われた。後にミドリ十字の幹部や厚生省の官僚が起訴され、有罪となった。
- 1999年8月
厚生労働省前に「誓いの碑」建立
薬害エイズの反省から、1999年8月24日、厚生労働省の正面に「誓いの碑」が建てられた。サリドマイド・スモン・HIV感染のような悲惨な被害を再び起こさない決意が刻まれている。
- 2000
「薬害根絶デー」が始まる
誓いの碑の建立をきっかけに、2000年から毎年8月24日に「薬害根絶デー」が行われるようになった。
- 2000s
フィブリノゲン製剤等によるC型肝炎感染(薬害肝炎)
止血に使われたフィブリノゲン製剤や血液凝固第IX因子製剤により、多くの人がC型肝炎ウイルスに感染した。各地で国と製薬会社を相手とする訴訟が起こされた。
- 2008年1月
薬害肝炎 救済特別措置法が成立 — 国が責任を認め謝罪
C型肝炎の感染被害者を救済する特別措置法が成立した(1月11日成立、16日施行)。前日の基本合意書で、国は被害の拡大を防げなかった責任を認め、被害者と遺族に謝罪した。
- 2010
薬害肝炎事件の検証・再発防止の提言
薬害肝炎事件を検証し再発防止を検討する委員会が、医薬品行政の見直しなどを求める提言をまとめた。厚生労働白書にも経緯が記録されている。
- 現在
高齢化する被害者 — 救済と再発防止が続く
薬害エイズ・薬害肝炎の被害者の高齢化が進んでいる。給付金の請求期限の延長など救済のための対応が続けられ、毎年の薬害根絶デーで再発防止が確認されている。
関連する法律・制度
薬害肝炎救済特別措置法(2008年成立)
特定のフィブリノゲン製剤・血液凝固第IX因子製剤によりC型肝炎に感染した被害者へ給付金を支給する特別措置法。条文は e-Gov で確認できる。
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